シンエヴァを見てきた。


あ、いや、配信で見たとかいう話ではなくて、公開初日の2021年3月8日に見てきた。



更新が遅くてすみません。

いや、でもね、いろいろ、本当に いろいろあったんですよ。


いろいろを、ここで やっとちょっと説明させて頂く。



もちろん、シンエヴァは朝一番の最速上映の席を徹夜して張り付いて獲った。指導医に泣きついて有休を取った。


我々の年代のオタクにとって、エヴァは好きとか嫌いとかそういうカテゴリーのものではない。僕の年代のオタクはエヴァは当然必ず見ているし、生活の一部だった。


エヴァについて話し出すとブログがそれで終わってしまうので、結論だけ言うと、エヴァが終わってしまった。


2021年の3月8日。

この頃の僕は、3週間後に初期臨床研修が終わるというタイミングだった。そして、既に病院開業を決めていて、新橋に事務所を借り、敷金礼金保証金を払い終わった直後だった。

研修が終わる嬉しさと寂しさと、4月から開業するという圧倒的不安の中で公開されたエヴァは、もう、それはそれは。


終わった。


考察の隙など微塵もなく終わった。庵野監督の手によって完璧に丁寧に畳まれた風呂敷を土産に、午後からの研修医としての仕事に帰った。

今でも帰路を鮮明に覚えている。朝から降っていた雨は上映が終わるころには止み、日比谷の石畳が朝10時の日差しに輝いていた。


エヴァが終わった。


あまりの喪失感に、2~3日まともにモノが考えられなかった。

なんというか、物心ついてからずっと、エヴァの結論についてが脳の0.5%を占拠していたのに、その領域が急に空になってパニックだった。

喪失感であることは間違いないのだが、非常に晴れやか。まったく清々しく、空き地になった0.5%がキラキラ輝いていた。ちなみに、ハンターハンターに脳の2%くらいを ずっと埋められている。冨樫先生、ほんとうに、お願いします。


心地良い喪失感に浸っていたが、時間は全く待ってくれなかった。

2021年4月1日の開業に向けて死に物狂いで準備したが、準備が終わったのは2021年4月1日だった。間に合わなかった。結局、開業は4月2日になった。



初期研修を終えた直後の開業。コロナについての経験と知識には絶対の自信があったが、それ以外は一般研修医レベルだった。そのうえ、後期研修をしないのだ。マトモな専門医になる道を捨て、医師免許を賭けの代償に出してしまった。

果たして患者様は来るのか。来なければ、研修が終わっただけの特に使い道のない九州訛りの小太りが新橋の路上に捨てられることになる。




で、現在。2022年3月21日。


賭けに出した僕の医師免許は、7億円を連れて帰ってきた。





さほど生活は変わっていない。朝起きて、仕事して、帰る。家では きよすけが鼻歌を大音量で歌い、いかちゃんは彼女のところに行っててあんまり会わない。僕は相変わらず独りで寝ている。

ただ、2億で買ったタワマンから、去年まで住んでいた賃貸タワマンが小さく見える。東京タワーが、去年よりも近くで煌々と輝いている。



たけ内科には、今展開している3病院あわせ4万人以上の患者様にお越しいただいた。グループで売り上げを合計すると10億円を超えている。

特に新橋院は、政財界の重鎮や芸能人の方に多くお越しいただいている。もちろん詳細は墓場まで持っていくが、本当に いろんなことがあった。


なんというか、生まれて初めて、日本で暮らしている感覚を得た。


僕の決定が、数時間後に全国ニュースに出ている。僕の判断が、金額的にも社会的にも莫大な影響を及ぼしている。

ありがたくも、非常に恐ろしい日常を送っている。ネキシウムの服用量が倍になった。視力が1年で1.5から0.4になった。


九州にいるときは、どんなにすごいことをしても、それこそ、何度 絵で世界一になっても、世間は、日本は1ミリたりとも動かなかった。どれだけ騒いでも、完全に無視されている感覚があった。地方の天気予報は東京の天気から報じ始めるし、昼の番組では渋谷にできたスイーツ店の話しかしない。


誰も僕に興味がない。僕に、というか、僕を含む地方全体に全く興味がない。


九州から見たら、東京は、というか都心は、完全に外国だった。自分には全く関係のない世界。世界中を回っていたガキのころより、よっぽど東京にいる今のほうが文化的格差を感じている。






いつかブログに書いた、「僕は東京人になりたい。」

佐賀に住んでいた頃は、毎日 東京で何が起こっているか 嫌でも耳に入っていたが、今は佐賀の情報は僕には殆ど入ってこない。

九州に残った同級生の話も、いつからか興味が無くなった。でも、たまに帰ると、みんな驚くほど僕の動向を把握している。


あの頃嫌いだった東京人に、すっかり変態している自分がいる。

なってみると、なるほど、あの東京人の地方民に対する態度には、完全に悪意があったんだなと気づく。ある。ぜんぜんある。


「2016年社会保障・人口問題基本調査第8回人口移動調査」によると、東京生まれ東京育ちは、東京の人口の54%となっており、45%の方は地方出身者となっている。僕の肌感だと、都心ではもっと地方出身者が多い。

また、「総務省 課税標準額段階別令和2年度所得割額等に関する調」によると、僕の住む東京都港区の平均年収は約1163万円である。ちなみに、佐賀県の仕事の平均年収は約302万円である。


僕が憎んできた東京人の正体は、都心に留まろうと必死にもがく、地方出身の人たちだった。悪意の正体は、努力してきた自信の表れだった。


僕は今年、所得税と住民税を合計して1億円以上納税することになる。港区に住むということは そういうことらしい。ここに留まるには、それだけの金額、ひいては努力、そして運の良さが必要らしい。


いつまでここに留まっていられるのだろうか。


窓の外に寝静まる東京がみえる。赤い光が明滅し鼓動のように感じる。元地方民の努力を吸って生きている。


現在 午前4時。明日も仕事。何連勤なのかは もう数えるのもやめた。丸一日仕事しない日は、そういえばもう 会社を始めた大学4年生くらいから1日もない気がする。




大学4年生、22歳。ガソリンスタンドの夜勤で カップ麺の汁にコメを入れて食っていた頃からもう6年。エヴァも終わった。たった6年。東京にも来れた。




6年後も ここに留まれていることを願って。