竹内は、国立非旧帝大医学部出身である。要するに、地方国立医大の中でも偏差値が低いほうの大学出身ということである。


 全国には、2020年現在で82校の医学部がある。内訳は、国立大学が42校、公立大学が8校、私立大学が31校、そして防衛医科大学校が1校である。これを言い換えると、要は、卒業までに莫大な学費がかかる大学:かからない大学は、31:51である。


 旧帝大の数が少ないことを加味すると、地方国立医大こそが、全国で最も割合の高い医学部、ということになる。


 なので、僕が見つめ続けた地方国立医大の内情は、割と多数の医師の皆様に共感していただけるモノだと思っている。



 私 竹内が、人よりも長い間医学部を観察し続けた感想、それは題名にもある通り



「医大生は自己顕示欲の奴隷である。」


これに尽きる。



 あくまで僕が卒業した佐賀大学医学部の話になるが、地方国立医大は、親が医者であるパターンの方が少数である。感覚的には3-4割といったところだ。多くは、僕のように地方の庶民の出である。



 地方の庶民である我々が、国立医学部に合格すること。これは、皆さんの想像以上に大変なことである。僕とその周りに話を聞いても、だいたい同じような小中高時代を過ごしている。


 我々 地方の庶民の子は、まず公立の小学校に入学する。地方には私立の小学校なんてものはほとんどない。公立の小学校では、我々は常に1番である。大同小異あれど、クラスで1番の秀才であり、地域で褒められ、ちょこっと行った塾で周りをブッチ切り、神童扱いをされる。否、神童である。クラスの委員長はもちろん、生徒会長だって当然我々が就く。


 小学校を卒業し、中学校か高校か、どちらかのタイミングで、地方で一番の公立の進学校に進学する。地方の一番の進学校に進むと、今までのような圧倒的1番ではなくなることも多い。それでも、クラスの中心的存在には十分なれる。目立ちたがらないような性格でも、勉強ができる故にバカにはされない。自分より成績が悪い生徒を見下し、あいつらよりも良い生活を手に入れるのだと、勉強に部活に励む3年間を過ごす。自称進学校の先生は、基本的に生徒たちが目指す大学よりも偏差値が下の大学出身の人ばかりだ。実際の受験戦争を勝ち抜いたエリートが、地方で学校の先生になっているケースなんて激レアだ。実際、僕の周りには高学歴な先生が一人もいなかった。学歴が全てではない、それはわかる。でも、今から受験戦争に突入しようという時に、実際に戦争に行った経験のない人の言葉は、どうしたって響かない。君たち、僕らの気持ちわかんないでしょ? この思いは3年間ずっと癒えることはない。そして、地方の塾なんてもっと悲惨な状況だ。そもそも大学にも行ってない人が講師をしていたりする。地方予備校には優秀な講師など殆ど居ないのである。ごくまれに素晴らしい先生がいても、2-3年すれば東京の予備校に引き抜かれて居なくなってしまう。なので、我々は、お互いに支えあいながら受験勉強をする。級友のほうが先生たちなんかより圧倒的に優秀だ。そうやって、貧相な装備で、足りない鍛錬で、我々は受験戦争に突入していく。


 そうこうしているうちに高校3年生だ。我々のような庶民には、浪人なんて もってのほかの家庭も多い。本当は予備校の割引制度などがあったりするのだが、我々庶民はそういった情報を知らず、仕入れず、「男は黙って国立専願、絶対現役合格」これ一択になる。僕も実際これだった。浪人が許されないために、地方で十分な教育を受けることができていないのに、その実力よりも下の安全な大学を選ぶことになる。僕も、理Ⅲ B判定くらいまではとったことがあったが、保険に保険を重ね、しかも前期を落ちて、後期で佐賀大学医学部に入学することになる。


問1.このときの我々地方庶民出身の国立医大1年生の気持ちを答えよ。


答. 我々は神である。


 当然である。なんたって我々は、あの劣悪な環境から、地方とはいえ国立医学部に合格しているのである。神童は、ついに神に成ったのだ。すべてが輝いて見えた。合格通知書が誇らしかった。大学入学直後は、推薦・前期・後期、どの形態で入学したかをお互いよく喋っていた。我々の、栄光の戦績を称えよ!


そうやって国立医学部に入学し、1-2か月すると、ある恐ろしい事実に気が付く。

今まで我々を支えてきた、「我々は勉強ができる」というアイデンティティ。

このアイデンティティが、嘘のように消え去っていることに気づくのだ。


 そりゃそうか。そりゃそうだ。だって同じ入試を同じように潜り抜けてきた我々が一堂に会しているのだ。皆、小学校では神童と呼ばれ、自称進学校で学力を鼻にかけ威張り散らし、貧弱な装備で受験戦争を勝ち抜いて此処に居るのだ。100人全員が。

 これは大変な事態なのである。我々は、急激にアイデンティティを失うのだ。これ一本で生きてきた我々にはこれが何よりも辛い。そもそも、なぜあれほどまでに受験勉強を頑張ることができたのか。それは、我々は根本的には負けず嫌いだからだ。ヤンキーを見下したくて、愚鈍な教師を見返したくて、やりたかったことを我慢して勉強して勉強して、勝つことのできた我々は、皆、漏れることなく負けず嫌いである。


 こういったわけで、無類の負けず嫌い100人が、アイデンティティを奪われ、裸の状態で地方医学部という檻に6年間閉じ込められるのだ。蟲毒である。



問2.この檻の中で、医大生たちは何を始めるか。


答. 勉強以外のアイデンティティを探して、インスタを頻繁に更新し、周りにマウントを取ろうとする。


 これが当然の流れなのである。我々は、この戦い方・生き方しか知らないのである。常に周りを見下し、自分が特別な状態にあるのだと感じることができないと、この上なく不安になるのである。

こういった背景で、地方国立医大の学生は以下のような振る舞いを行い、周りとの差別化を図る。



【医大生イキりパターン大全】


① 部活最高。西医・東医で結果を残すことがすべてだ!先輩方の伝統の○○部の威光を永遠のものに! 部活の写真をインスタに上げる。


② 勉強? マジだりぃ。この間も全く勉強しないでテスト受けたったわ笑笑 飲みサイコー 飲みの写真をインスタに上げて怒られる。


③ 俺、ビジネスに興味あるんだよね。最近積み立てNISAとか始めてっから。 インスタに高いバーとか上げる。


④ 私、国際交流に興味があるの。将来は国境なき医師団に所属したいな。あ、それ あっち(外国)では普通だから。インスタにボランティアしてるところを上げる。


⑤ 学生は勉強が本分。GPA 3超えてるから。USMLE取るから、俺。 インスタに勉強情報してるとことか乗せちゃう。


⑥ バイトバイトバイト。暇だし。学校じゃ得られない"出会い"とかあんじゃん? バイトの苦労とかインスタに上げる。




 これが、地方医大生の全てだ。

 恥ずかしくも、竹内はガッツリ②だった。だって、クラスのみんな最終学歴が同じになって、みんな同じ医師免許を取れるんなら、その同じ結末を より少ない労力で得ることでしか、自分の能力を示せないような気がしていた。でも、センター9割取れて、九大医も狙えそうだった俺と、学校の先生に媚び売って推薦ギリギリとれただけのあんたが俺と同じ最終学歴?ふざけんな! と本気で思っていた。今でもちょっと思う。


 医学部生を語る上での核心がここにある。「大学時代の同期が全員医者になり、全員同じ学歴である」これに尽きる。医学部生は、医学部生であることでは自己顕示欲を満たしきれないのである。だって友達みんな医学部生なんだもん。そして、その努力の発表場所がインスタである。僕が入学した当初はFacebookだった。今後はインスタじゃなくなっていくんだろう。医大生にとって、SNSは生命維持装置なのだ。マウントを取れなければ、死んでしまう。そういう生き方をしてきた生物なのだ。


 だから、この方程式は全医学部生に当てはまる。きよすけは⑤だった。一部③っぽいとこもあった。金に関する制度とかめっちゃ詳しいもんな。いかちゃんは⑥か。しかもコーヒーなんて淹れちゃってモテちゃってさぁ。俺なんてガソリン1日24kとか入れてたぜ。ナメんなよコラ。


 そして、周りにマウントを取るために、良くも悪くも もがき続ける6年間を経て、医師国家試験を受験し、我々は晴れて医者になる。


 面白いことに、あれだけ①~⑦までのマウンティングの努力をしていた医大生は、医者になると、急激に落ち着く。具体的に言うとインスタを全然更新しなくなる。


問3.なぜあれだけイキっていた医大生は医者になると急にインスタを更新しなくなるのか。


答. 周囲の人が医者じゃなくなり、自然に周りにマウントが取れるから、アピールする必要がなくなったから。


 これである。はっきり言おう。ダサい。自分のアイデンティティに悩み続けた6年間を経て、病院で働きだすと、周りの医者率が減り、病院で「先生」と呼んでもらえるようになる。そうそう、これだよ。気持ちいい。小学校の頃から敬われ続けてきたはずの私が、ようやく本来の扱いに戻ったなと安心するのだ。こういった心境である。


 以上が、「医大生は自己顕示欲の奴隷である」という説の裏付けである。


 ちなみに、医学部生時代に①~⑦のアピールに失敗すると、より悲惨な末路が待っている。医大生時代にうまくマウントを取れなかった医者は、医者になってから死ぬほどイキる。「高校までイケてはなかったけど、勉強はできてそれなりに認められてたのに、そのアイデンティティを失ってクソみたいな医大生活だった。けど、やっと、やっとイキれる!」と、うれション垂れ流して看護師さんに怒鳴ったりするタイプの医者になる。医師免許に はしゃいでしまうのだ。最悪である。このタイプの医者は後輩医者とかに医者とは何たるかを語ったりしがちである。このタイプの医者から医師免許を引き算したら、0である。ゼロ。医師免許を持っているだけのクズである。


 とまぁ、地方出身の医者とはこういう生き物だ。東京の医学部に通い、医大生時代から他大学と交流があったり、貴族のような超金持ち家系の出身だと、この説に当てはまらない人も居る。地方医大の異様性は、閉鎖感からくるところも多いのだと思う。興味深い。絶賛東京観察なうである。東京の私立医大の中はやはり異様だ。どっかの都心私立医学部とか、帝国ホテルでダンスパーティあるんだぜ? 家賃3桁万円の家に住んでるお嬢様とかのお話も ちょいちょい聞き及ぶ。なんじゃそりゃ。何様じゃ。跡継ぎ様か。ふーん。


 竹内は、先述した通りに②タイプでイキっていたが、途中から③タイプに手を出した。結果的にイキりが高じて きよすけ、いかちゃんと佐賀医大生で初めて株式会社を立ち上げることになるのだが、またそれは別の機会に。

 イキりも悪いことばかりでないとは思う。エネルギーの塊だ。学生時代にちゃんとイキっとかないといつまでも思春期が終わらないクソ医者になる。ただ、後輩たちが1ミリもズレずに同じ道を歩んでるのを見て自分も恥ずかしくなるし、後輩もかわいいなぁと思う。そうそう、イキらないとね。医学部を卒業してしまった我々にできるのは、せいぜい反省くらいのもんである。


 と、Twitterで某ライターさんの文章を読んで熱をもらい、医大の闇というか光というか、青春の成分表示をしてみた。いつか、動画とかで誰かと語りたいな。傷を舐めあって安心したい。


 果たせなかった何かの思いと共に、今日も一人 動画を編集しています。